2009年01月01日

木暮実千代あれこれby藤沢摩彌子08/2/7〜3/16(転載)

新年のはじめの日に、以前掲載した基幹ブログ「藤沢摩彌子あれこれ 花々の日記」に書いていた木暮実千代さんに関する記事の部分を転載します。

2008年2月7日から3月16日までの記事です。

これ以後の記事は、また折を見て転載しつづけていきます。
お楽しみに!



●「関東緋桜一家」

 
任侠映画は特に好まないが、今回だけは別。

木暮実千代さんがちょっとでも出演されるのなら、ということで、わざわざ見にいったのは「藤純子引退記念 関東緋桜一家」。

会場は、人でいっぱい。

「離婚」のときと同じくらいの大盛況である。

映画の好きな人が多いことに感心したことである。

映画自体は、スターがご祝儀で出演しているといった感じだが、そこそこ収まりのいいキャスティング。

映画の内容は、記すまでもないだろう。

木暮実千代さんは、ご病気の影響か、太っている。

むくんでいるようにも見える。

健康的ではないが、貫禄はたっぷり。

マキノ雅弘監督作品での木暮実千代さん出演作は、27日の「日本大侠客」で最後だろう。

平日の19時からなのでぎりぎりにしか到着できないかもしれない。

立ち見覚悟で行こうと思う。

          (08/03/16)

 


●「マダムジュジュ」

 
木暮実千代さんはCMに出演した女優第一号としても知られる。クラブ化粧品が最初だったと思うが、その後ジュジュ化粧品の専属となった。

いまだに巷間を賑わしている名コピー「25歳はお肌の曲がり角」は、なんと、木暮実千代さんがマダムジュジュのCMに登場したときにできたものだ。

木暮実千代さんは25歳以上であったわけだから、「25歳以下の方はお使いになってはいけません」という否定的な言い回しで宣伝し、それが大当たりをとった。         
先ごろ、京橋のフィルムセンターで映画「離婚」を見ていて、映画のワンシーンに「マダムジュジュ」が登場しているのを発見。おかしくなった。

木暮実千代さん扮する良家の奥様の部屋の箪笥の上にさりげなくおかれていた。

1952年の作品だけれども、そんな広告効果を狙ったシーンを見ると、ものすごく新しい映画のように感じる。

お茶目な木暮実千代さんが、ご自分でこっそりと「マダムジュジュ」を目立つところに置いたのではないか、そんなことも想像されて、楽しかった。

           (08/03/15)     
        

           

●「離婚」鑑賞記


なんという人の多さだったろう。

開場の15分前にフィルムセンターについたとたん、度肝を抜かれた。

みな、木暮実千代さんを見にいらしたのだろうか。

圧倒的に男性が多いが、女性もわたしを含めて一割はいた。

年齢層は、昨年の「雪夫人絵図」と同じくらいか。

60歳代以上が8割くらい。あとの2割が、いきなり若者である。

開場前にとぐろを巻いたような人の渦だったので立ち見になるかも、と危ぶんだが、それは避けられた。

でも、空席はすこしだけ。

マキノ雅弘人気、というより、やはり木暮実千代人気だろう、と思う。

映画は、音が悪いけれども、木暮実千代さんはさすがにうつくしい。
メロドラマという解説だったが、湿った感じではなくてどこか突き抜けた明るさがあって、終り方も悪くない。
説明不足のところがなきにしもあらずではあるが、とにかく、木暮実千代さんのうつくしさを堪能できる映画。

コート、帽子、ジャケットが、お揃いの生地でできているおしゃれなファッションセンスには脱帽。

最後のスキーファッションのレースのストールも、素敵だ。木暮実千代さんは身長157センチであったという。

いまなら普通の背丈だが、当時の女性としては大柄だろう。スクリーンでは、もっと大きく見える。

存在感がある、という証拠にちがいない。

           (08/03/12)

           

 

             

●「離婚」(1952年新東宝)

 

明日3月12日(水)16時。京橋フィルムセンターに

木暮実千代さん主演の映画「離婚」を見にいく。

マキノ雅弘監督生誕100年記念と銘打って、特集を組んでいることを偶然知ったのである。

全番組を見ていると、木暮実千代さん出演の作品が何作かある。すべて見逃すまい、と思っている。

「離婚」は、解説によると、雪夫人絵図」を思わせるメロドラマという。

木暮実千代さんの上質な色香がにじみ出た作品であろう。

京橋フィルムセンターは151席しか席がない。
昨年の夏に「雪夫人絵図」を見にいったときは、かなりの席が埋まっていた。

ご見物はお年を召した男性が主流、と思いきや、若い男性も多かったことに驚いた。

木暮実千代さんのスクリーンいっぱいにほとばしるような艶っぽさが若い男性の心にもうつくしいものとして映るのだろう。          
明日、しっかりと席を確保するために開場してすぐに場内へ入れる時間に京橋までたどり着きたいと願っている。

           (08/03/11)

           

           

           

●美貌の系譜


前項で木暮実千代さんの妹さんであり旅館「和可菜」の女将、和田敏子さんのことに触れた。

旅館「和可菜」は神楽坂にある。

有名なホン書き旅館で野坂昭如、山田洋次、深作欣二・・・などそうそうたる作家、映画監督、脚本家たちが缶詰になってホンを書いた。

いや、いまでも書き続けている。

もとはといえば、昭和28年、木暮実千代さんが購入した旅館。

そこを映画監督や脚本家、作家たちがホンを書くために泊まる「ホン書き旅館」として守りとおしてきたのが和田敏子さん。

木暮実千代さんのすぐ下の妹さんである。            

旅館の女将になる前、4年間ほど木暮実千代さんの付き人をされていた。

当時からきれいで、木暮ちゃんよりきれいだ、という監督さんもあった、という。

あるHPに若き日の和田敏子さんの写真がある。
美貌の系譜はいまも生きている。

          (08/03/10)

          

 

●あたらしい発見

 
先日来、繰り返し見ているのはある方からお貸しいただいた木暮実千代さん出演の秘蔵ヴィデオ。

思いがけない秘話も語られている。

それらの内容は、いずれあらためて別に記す。

そのヴィデオには木暮実千代さんのお嬢様も登場している。
やはりたいへん美しい。
木暮さんはお嬢様も女優にして母子で共演したかったようだが、大学を出られてほどなく結婚されて家庭に入られた。

共演は果たせなかったが、女優にしたいほどの美形である。
代々引き継がれてきた美人の家系なのだろう。

木暮実千代さんの妹さんの敏子さんもすでに80歳も半ばになるが、素晴らしい美人だ。

甥にあたられる明治大学教授の黒川鍾信さんが書かれて日本エッセイストクラブ賞を受賞し昨年新潮社から文庫版として出版された「神楽坂ホン書き旅館」の主人公、旅館「和可菜」の女将である。       実の姉である木暮実千代さんとお顔もどこかしら似ているが、このたび秘蔵のヴィデオを見ながら鼻の穴の格好がとてもよく似ている、ということを発見した。

父上のお写真も拝見できたが、鼻の穴の格好のよさも
遺伝なのだろう。
あたらしい発見である。

           (08/03/08)

           

 

●美の宝庫

 

前項で、木暮実千代さんの美術館のような邸宅について書いた。
選りすぐりの美術品の数々、その配置の素晴らしさは
何度繰り返しヴィデオを見ても、ため息がでるほど素敵だ。
よほどいつくしんでおられたのだろう。
ただ蒐集したということではなく、思いの篭った展示の仕方に唸った。
とくに、陶磁器の見事なこと。
わたしが愛する大阪市立東洋陶磁美術館には旧安宅コレクションが収蔵、展観されているが、その一級品と同じような時代の同じくらいの質の高い中国陶磁が、数点、木暮邸の居間にはあった。

驚いて、何度もヴィデオの画面を見たが、極上の逸品ばかりであった。

安宅コレクションについては、すでに知られているところだが、安宅産業が倒産し、世界に冠たる美術品が散逸の憂き目にあうところを当時の住友銀行が中心となって買い取り、住友グループ21社が大阪市に寄贈したという美談がある。
大阪市立東洋陶磁美術館には、だから、膨大な安宅コレクションがそのまま残されている。

その安宅コレクションに劣らない超一級品が、木暮実千代さんのお宅にある、そのことの凄さ!

豪邸だと話には聞いていたけれども、画面を見て呆然として声も出なかった。

単なる豪奢な邸宅ではない。

美の宝庫であった。

           (08/03/04)

 

 

●重要美術品


木暮実千代さんの新しい資料が手に入った。

おそらく1979年にテレビ朝日で放映された「私の青春」という30分番組。

おそらく、と書いたのはお借りしたヴィデオには放映年月日が記載されていなかったものの、番組提供の集英社のCMが「図説昭和の歴史」全12巻であったことからネットで集英社小史をチェック。

その全12巻が79年に刊行されていることを確認したうえでの、わたしの推測である。

オンエアは1979年、昭和54年ということで間違いないだろう。

このお宝映像での木暮実千代さんは61歳。

スカイブルーのイタリア製かフランス製の生地で作ったきれいな仕立てのパンタロンスーツをお召しである。
田園調布のご自宅の居間。

毛並みのいい白猫が

画面中央に優雅に寝そべっている。

明るい茶色の革張りのゆったりしたソファ、ペルシャ絨毯も晴らしいが、なんといっても絵画、陶磁器などの美術品がところ狭しと陳列してあることの凄さに眼を奪われた。
それもすべてが調和のとれた配置であること、

内容が超一流の芸術作品であることに、ほとほと感じ入った。

壷は中国、朝鮮の重要文化財級の逸品ぞろい。

ざっと眺めただけでも重要美術品クラスが7,8点はある。

わたしがこよなく愛する大阪市立東洋陶磁美術館に似たような作品があった・・・、とテレビの画面を見ながら見惚れたほどである。

絵画もため息が出るほどの逸品。

とくに藤島武二の高弟であったご主人・和田日出吉氏の実弟・大野五郎画伯描く木暮実千代さんの全身像がいきいきとして素敵だ。

大観もあったというから個人の邸宅としては、信じられないほどの贅沢な住まいかたである。

田園調布駅から二分。600坪の豪邸のなかの美術館のなかに住まっていらした、いっても過言ではない。

美術蒐集はご主人の趣味であったという。

満州の邸宅には藤田嗣治の白猫の大きな絵が居間にかけられていたとも聞いた。

前項に記載した夢の話が続いているようだ、そう思って、かぶりを振った。

今日眼にしたヴィデオは、夢ではなく現実なのだ。

木暮実千代さんのご主人・和田日出吉氏の教養人としてのハイレベルな生き方、人間の深さ大きさが、美術品を見ただけで、わかる。

その二十歳年上のご主人に育てられた木暮実千代さんが,いかにかろやかに仕事や福祉にチカラを注げたか。

ご自宅のたたずまいを見ただけで、すべてわかる。

大変貴重なヴィデオを拝見した。

素晴らしい30分間であった。

           (08/03/02)

           

 

●木暮実千代さんの夢の話

 

大昔、「夢であいましょう」というテレビ番組があった。

年配の方ならメロディーが浮かぶだろう。

わたしもほんのちいさな子どもだったけれどもあのメロディーは覚えている。
中嶋弘子がホステスだった。

NHKの夜の上質なバラエティー。

「夢であいましょう」は、素敵な番組だった。
なつかしいメロディーを思い浮かべたのは、先日、はじめて木暮実千代さんの夢を見たからである。
木暮実千代さんのことが気にかかるようになって半年。
その夢は、はやくもわたしの枕辺をにぎやかにさせた。

いまでもはっきりと覚えているのは、たいへん格式のある旧家の座敷とその襖に描かれた、ため息が出そうなほど壮麗な襖絵である。

幾枚も幾枚も日本画の巨匠の揮毫による襖絵が、歌舞伎座の緞帳紹介のように、ゆっくりと次々に開かれて奥の間へと導かれる。

あまりに圧倒的な美しさに呆然としていると、木暮実千代さんは、その傍らで婉然と微笑んでおられるのであった
そこは木暮さんのご実家である、夢で話してくださった。

下谷二長町にあった豪壮なご実家のことか、下関の絢爛華麗なご生家のことか、詳細は不明である。

大観、観山、青邨、御舟・・・

綺羅星のような日本画の大家の襖絵がいまだに眼の奥から離れない。

・・・とはいえ、夢のなかでのことである。

いまから十日ほども前に見た夢の話。       それでもいまだにはっきりと覚えている、

美しい木暮実千代さんの夢の話である。

           (08/02/28)

           

 

●「叛乱」

 

昨日は2月26日にちなんで、木暮実千代さんのご主人和田日出吉氏と2.26事件について書いた。
木暮実千代さんも、この事件を題材にした映画「叛乱」(1954年・新東宝)に出ている。

未見だが、鈴木侍従長夫人役である。

この映画を撮る前に、実在の鈴木貫太郎侍従長夫人から木暮実千代さんはじかに話を聞いている。

このときの写真が昭和53年6月の「朝日新聞」夕刊(地方版)に掲載されている。

木暮実千代さんの半世紀をインタビューでつづった「毎日が本番」というタイトルの連載記事に出ているのを、このほど資料として拝見したのである。

昭和29年といえば、わたしが生まれた年。

木暮実千代さんが出演した映画「叛乱」は、木暮実千代さんと数々の映画で恋人役夫役などで共演した佐分利信が監督した。

もっとも佐分利は途中病に倒れたため、阿部豊監督が後をついでメガホンをとり、内川清一郎監督が補佐したという。
2.26事件を題材にした映画としては本邦初。
かなりの収益をあげた作品であるようだ。
紀伊国屋書店からDVDが発売されている。
購入して、観てみたいものである。
ちなみに、2.26事件を扱った映画はいくつもあるが、
木暮実千代さんの永遠のライバル・高峰三枝子も後年、別の2.26事件関連の映画でおなじく鈴木侍従長夫人役を演じている。
因縁というべきか。

           (08/02/27)

 

● 木暮実千代さんと2.26事件


今日は2月26日。

2.26事件のあった歴史的な日として多くの人々の記憶にとどまっていることだろう。
早暁、思いもつかない時間に目覚めたとき、今日はその日であることに気づいた。

雪ではなかったが、いまにも降りだしそうな空のけはい。宵には、烈しく雨が降った。
夜、久しぶりにこの項に記事を書こうと思い、迷わず2.26事件のことから書き始めたのは、木暮実千代さんのご主人和田日出吉氏と関係があるからである。

前述のプロフィールに、和田日出吉氏は、戦前のわが国を代表する敏腕ジャーナリスト、と書いた。

2.26事件の現場一番乗りを果たした新聞記者が 和田日出吉氏であったのだ。

この快挙によって、氏が歴史に名を残すことになったのは、彼と2.26事件の首謀者のひとり栗原中尉とが、事件以前から取材を通じて親しい間柄であったからだといわれている。

それが、厳重な包囲網をかいくぐって特別に現場入りできた理由である、というようなことを資料で読んだことがある。

事件前夜、2月25日夜、和田日出吉氏は親友である作家・大仏次郎氏と日本橋葭町の待合で酒を酌み交わしていた。大仏氏と別れ、夜遅く杉並の自宅に戻り、就寝してまもなくのこと。
勤め先の新聞社から「大事件が起こったからすぐに出社するように」との連絡があった。
杉並の自宅から飛び出した和田氏を見送った妻は、しかし、木暮実千代さんではない。

昭和11年当時、まだ二人は結婚していないからである。
このときの和田日出吉氏の妻は、木暮実千代さんの実の従姉であった。
          ・・・・・・

すこし複雑な間柄だが、昭和11年当時、和田日出吉氏は木暮実千代さんの従姉の夫であった、ということになる。

もちろん親戚で顔は見知っていたけれども、当時まだ十八歳で映画デビューも果たしていない女子大生の木暮実千代さんにしてみれば、年齢が二十歳も違うのだから親戚のおじさん、というくらいの認識しかなかったようだ。ふたりの運命的な出会いはこの2.26事件の起こった数年後、満州の地において起こるのである。

            (08/02/26)            

            

●「海の花火」

 

木暮実千代さんの大ファンでいらっしゃるある殿方から特別に映画のヴィデオをお借りしている。
この項で紹介した「千羽鶴」も「お国と五平」も、
その方からお借りした貴重な資料だ。
先ごろ、追加で送っていただいたなかに、

「慟哭」「木石」「海の花火」もあった。
みな、見たかったものである。
全部拝見しているのだけれども、ひとつずつ感想を書こうと思う。

まずは「海の花火」。

1951年松竹大船製作。木下恵介監督作品。

不思議な筋書きである。
これからご覧になる方のためにあらすじは書かないほうがよいだろうが、九州の呼子という漁港が舞台。

木暮実千代さんは出戻りの戦争未亡人という設定。

海産物問屋の娘で、もちろん主役である。

父親が笠智衆。母親が岸旗江。

共演者が大物ぞろいでびっくり。

三國連太郎、杉村春子、山田五十鈴、津島恵子、佐田啓二・・・。

三國連太郎と木暮実千代さんを競い、最後に木暮さんと結ばれる役の男優が三木隆。
いまひとつ有名にならなかったが、すっきりした美形である。

それから途轍もない美少年が出演している、と思ってよく見たら、石浜朗であった。いま、どうしているだろうか、存命だろうか・・・。

美空ひばりと共演した「伊豆の踊子」が真っ先に浮かぶ。
青年のころも美青年であったが、この十三、四歳くらいのころの美少年ぶりは、特筆に価する。

眉と目がたいへんにうつくしく、ギリシャ彫刻を思わせる。

眉目秀麗という表現がぴったりである。

町の教会でお祈りする木暮実千代さんの姿がよく登場するが彼女にあこがれる少年役の石浜朗のちょっと声がわりし始める頃かと思われる、きよらかな歌声が、最後まで見る者の胸に残る。

ほかに木暮実千代さんの妹役で、桂木洋子が出演している。
人形のようにかわいらしい女優である。
音楽家の黛敏郎と結婚して引退。
演出家・黛りんたろうの母ということになる。
一度目はさらっと見たので、もういちどじっくりと見ることにしたい。

木暮実千代さんと対をなす蓮っ葉なあばずれ女の役に小林トシ子。
見終わったあとからも、不思議な余韻が残る映画であった。

            (08/02/17)

            

 

●聖バレンタインデー

 

このところ気になっている木暮実千代さんの結婚記念日がこの日だという。

バレンタインデーが巷間はやりだしてから「2月14日が結婚記念日」とした、という説もある。

いずれにしても、寒い日であったのだろう。

旧満州の冬のさなかに、ご主人と出会い、結ばれた。

愛の日々は長く続いた。

20歳年上の和田日出吉氏のことを

「パパ、パパ・・・・・」と呼び、『機関銃夫人』とあだ名されたこともある。

当時の新聞の芸能関係記事を読むとたしかに記事にそう書かれている。
「帰りたがる女優」とも言われたようだ。
撮影所に行っても、終るとすぐに自宅に帰る。

ご主人が赦さないので、泊まりのある撮影はしない。

京都撮影所へ出かけても、

とまらずに日帰りを繰り返した。

新幹線で2時間ちょっとで行ける時代ではない。

片道八時間以上もかかった、昭和二十年代〜三十年代のことである。
睡眠時間は2〜3時間であったらしい。
信じられないが、本当のようだ。

ご主人が赦さないので、ラブシーンもない。
せいぜいかるい抱擁シーンがあるだけで、ベッドシーンはおろか、キスシーンもない。
それでいて、たいへんな色香をスクリーンに撒き散らしつづけた。
木暮実千代の香り立つような色っぽさにかなう女優は、古今東西通じていまのところ皆無である。

           (08/02/14)

             

●「赤い手袋(婦人像)」                      


木暮実千代さんが伊東深水の絵のモデルになった話はまえに書いた。「ペルシャ猫」は足立美術館が所蔵しているが、標題の「赤い手袋(婦人像)」は、東京にある。
山種美術館が持っているのである。

「ペルシャ猫」と同じく昭和32年の作品。

彫りの深い美貌がよく映える構図と色彩である。

わが家のリビングで複製を写した。

現物は67.0×72.2センチメートル。

絹本着色。一面。 山種美術館には、わたしが芸談をまとめた『近藤乾之助 謡う心、舞う心』(集英社刊)の表紙絵に使わせていただいた速水御舟の『錦木』もある。

ついでにいえば、『錦木』も、畳一畳くらいはある大作である。

            (08/02/10)


            

●「お国と五平」

             

木暮実千代さんの主演映画をまとめて観ようと思っていた待望の連休である。

本日は「お国と五平」「月形半平太」「暁の合唱」という

まったく違うタイプの三作を観た。

なかでもいちばん観たかったのが「お国と五平」。

1952年東宝製作。監督は成瀬巳喜男である。

相手役がいまの中村雀右衛門。

当時は大谷友右衛門といった。

若い頃はしばらく映画に出ていた時期があったようだが、その時期のいい仕事である。

山村聡も仇役で味を出している。

木暮実千代も大谷友右衛門も、禁欲的な愛のかたちを

貫いて、逆に息づまるような熱情を抑えこんで、うまい。

想いを秘めた主従の仇討の旅は、死出の道行きを思わせる。

劇中、旅の宿で人形浄瑠璃がかかる。

通称「梅忠」。「恋飛脚大和往来」梅川忠兵衛の「新口村」の段である。

梅川も忠兵衛も、死ぬしかない身の上だ。
その心中劇を見る側のお国と五平のあかるくない行末を暗示させる場面として秀逸であった。

推理小説のようなどきどき感を抱かせながら進行する筋立てもいい。

舞台での心理劇を観ているようでもあった。

抑えに抑えたふたりの演技が、たいへん美しく際立っていた。

大学の卒論に近松の心中物を選んだわたしである。

心中や道行きは、胸をふさがれるほど好きである。
「お国と五平」は、素晴らしい映画であった。
直感的にいい映画かもしれないと期待はしていたが、
これほどの映画だとは想ってもみなかった。

映画を観て、久しぶりに涙が出た。

きよらかな涙がひとすじの糸のように頬をつたって胸を濡らした。

           (08/02/09)

             

            

                                           

●「ペルシャ猫」        

 

伊東深水の名画「ペルシャ猫」は 木暮実千代さんがモデルである。
現物は島根の足立美術館に所蔵されている。

  122.2×97.0センチメートル。紙本着色。

大作である。

(写真はわが家のリビングにある複製)

深水は、ほかに「赤い手袋」「聞香」という作品でも木暮実千代さんをモデルにして絵を描いた。「聞香」は、数人が登場する絵とひとりの女性だけを描いた絵と二枚同じタイトルのものがあるが、ひとりの絵のモデルが木暮さんということになる。

先般海峡の町にはじめて出かけた帰りに優れた日本画を多く所蔵しているので有名な島根の足立美術館へ足を延ばすことが可能かどうか調べようと、かの美術館のホームページを開いたところ真っ先に目に飛び込んできたのが「ペルシャ猫」であった。
いま企画展で観ることができるという。

先月末、木暮実千代さんの足跡をたどって海峡の町まで出かけたわたしだが、何の気なしに開いたHPの企画展の案内頁にいきなり木暮実千代さんがモデルになった絵画が出てくるとは・・・。

よほどのご縁があるのだろう。
(結局、海峡の町から島根までかなりの時間を要することがわかったため今回は行かなかったが、のちほどあらためて足立美術館を訪れてみたい。可能なら、2月29日までに行ければ、ペルシャ猫」の現物を観ることができる・・・。

皆生温泉にも行かなくてはならないので、遠くない将来、出かけることになると思う。)

               (08/02/08)

                                  

●「千羽鶴」(太田夫人)

 

「千羽鶴」を観た。

木暮実千代さんが太田夫人を演じている。

監督吉村公三郎。1953年、製作は大映である。

 
とても観たい映画であった。

しかし、小説とはシチュエーションを変えているということを知っていたので、観るのが怖くもあった。
その怖さが前面に出た。

木暮実千代さんの美しさは格別であるものの、映画としては、いまひとつという感じがしたのも事実。  
小説本来の味を、そのまま生かして映像化してほしかった、というのが正直な感想である。

川端康成の作品のなかでも、映像化が難しい部類に入る小説か、とも思えた。
救いは太田夫人を演じた木暮実千代さんの美しさが群を抜いて際立っていたことである。

太田夫人の役柄は、女優・木暮実千代の容姿、雰囲気にぴったりなのだ。

単に美しいばかりでなく、疑いを知らない、童女のようなやさしさ、あたたかさが、にじみ出ているように感じられた。

それでも、小説での描かれ方と映像での描かれ方には大きな隔たりがある、ということが、はっきりとわかった。
今回、海峡の町へ出かけるときにさまざまな助言を
いただいた男性編集者が、映画「千羽鶴」は、木暮実千代さんの色っぽさばかりが目だった作品になっている、と言っていたのを不意に思い出した。

敵役の杉村春子がぎすぎすしすぎて、映画的にはあまり成功した作品とは思えない、ともその人は言っていた。

このたび、映画「千羽鶴」を観て、その編集者の言を思い出した。

ただ、木暮実千代さんの美しさが驚異的であったことだけは事実として、ここに記したい。

太田夫人の年齢設定は45歳前後ということになっている。
撮影当時木暮実千代さん35歳。

大人のおんなの妖しさは、じゅうぶんすぎるほど漂っていた。
    (08/02/07)
posted by fujisawam at 23:06| Comment(2) | TrackBack(0) | カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
中村勇雄さま

コメントをありがとうございます。
ジュジュ化粧品様には、木暮実千代さんが「マダムジュジュ」として大活躍されていたことで、いまでも取材等でお世話になっております。今年生誕95年です。1月末、下関でも企画展が開催されました。コマーシャル女優第一号ですよね。歴史に残る大女優さんです。
「木暮実千代の会」のホームページもありますので、ご覧くださいませ。

藤沢摩彌子
Posted by mayako at 2013年02月14日 02:09
30年前に娘がジュジュへ入社後現在社員で実千代さんがポスターに成った事を思い出して検索しました。有り難う!
Posted by 中村勇雄 at 2013年02月10日 14:18
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